下田郷で地場産ギアを愉しむ

新潟県三条市は言わずと知れた刃物の名産地。キャンプギアとして欠かせない鉈(なた)も、地場で生産しており、鋭い切れ味と長切れする確かな品質が定評を得ています。そんな三条の鉈が生まれるまち工場を訪ねたのは、ギア好きから厚い支持を集めるキャンプ系ユーチューバー・ゆうさん。使い込んだ愛用の鉈を研いでもらった後、紅葉に染まった秋の下田郷にて、鉈を使って焚き火とキャンプ飯を楽しみました。

01.「多喜火鉈」の製造元・五十嵐刃物工業へ

キャンプギア好きなら知らない人がいないと言われるほど有名な「多喜火鉈(たきびなた)」。三条市の馬場長金物が手がけた鉈で、握りやすく丁度良いサイズ感と、ナイフのようなフルタング構造(鋼材がハンドル端まで貫通した構造)が特徴です。「数年前から愛用しているお気に入りの鉈です」とゆうさん。製造元である五十嵐刃物工業に訪れるのは初めてとのことで、五十嵐孫六社長に製造現場を案内してもらいました。

製造現場に足を踏み入れると、鍛冶工場らしい、金属を叩くカンカンという音が辺りに響き渡ります。職人たちは炉に鋼材を入れて素材をつくったり、硬度を上げる焼き入れを行ったり、柄を取り付けたり。それぞれが自分の持ち場で黙々と仕事をこなしています。
「うちでつくる鉈は、材料を準備して加工するところから始めるので手間がかかるんですよ。」と五十嵐社長。良い刃物をつくるためには全ての工程が大切ですが、特に刃付け(研ぎ)は気を抜けないと語ります。

ゆうさんと多喜火鉈の出会いは2020年にアウトドアギアを紹介するWebサイト「BE-PAL」。「三条製品だった点と、ナイフでなく鉈だった点、そして見た目の格好良さから一目惚れで即買いでした」とゆうさん。自身のYoutubeチャンネルで紹介したことをきっかけに、販売メーカーである馬場長金物の社長から連絡があったのだとか。
「いろいろな話をするなかで『近々、十日町の松之山で雪中キャンプをするんですよ』とお伝えしたところ、そこは馬場社長の出生地だと分かりました。社長は雪山のキャンプ地まで会いに来てくれましてね、運命を感じました。そこから現在までご縁がつながっています」

02.熟練した研ぎの技術に感動

今回、五十嵐刃物工業を訪れた理由の一つが、ゆうさんが愛用する多喜火鉈の研ぎ直しです。キャンプの度に使用しているため、刃の表面が少々サビ付いていますが、「刃こぼれなく丁寧に使っていますね」と研ぎを担当する職人さん。状態が悪い場合は10工程近くを要しますが、今回は状態が良いため4工程で仕上げていきます。

刃物の研ぎで使用するのは、「バフ」と呼ばれる円盤状の機械。布やスポンジなど様々な素材があり、これに専用の研磨剤を塗布して、高速回転した状態で刃物を当てることで研ぐことができます。

まずは、粗めの紙素材によるバフ研磨から。高速回転する機械に、刃の角度を変えながら刃先を当てていきます。続いて細かい紙素材に換えて研ぎ、さらに麻素材で研ぎ、綿素材のバフで仕上げです。毎度、異なる研磨剤を使用しており、ここまで丁寧に研ぐのかとプロの細やかな仕事ぶりに頭が下がります。

丁寧に時間をかけて研いだ多喜火鉈は、見事に蘇りました。ところが、「これで終わりじゃないですよ」と職人さん。最終工程のブラスト加工では、特殊な機械に鉈を入れ、粒子状の研磨剤を吹きつけます。仕上がった鉈は、新品と遜色ないほど美しくピカピカ! ゆうさんは感動の表情を浮かべていました。

03.オリジナルギア「益荒男鉈」へのこだわり

多喜火鉈をきっかけに、三条製刃物の底力に魅了されたゆうさん。「自分好みの鉈を作ってみたい」という思いから、オリジナルの鉈「益荒男鉈(ますらおなた)」を考案し、2023年9月に販売をスタートさせました。製作するのは五十嵐刃物工業です。安来鋼白紙2号の素材を使用したこの鉈は、32層刃厚7mmで重みがあり、武骨にも繊細にも使えます。

さらに、2023年11月にリリースした益荒男鉈の第二弾は、刃を黒染めしているのが特徴。「偶然なのですが、刃先だけが赤く仕上がったんです。カッコいいでしょ?」とゆうさん。ウォールナットの柄は取り外し可能で、カスタマイズも可能。職人さんたちにとっても、こだわりが詰まった鉈づくりに携われることで、喜びもひとしおのようです。

04.秘境のキャンプフィールドで大自然に浸る

五十嵐刃物工業を後にし、お次は下田郷のキャンプフィールド「吉ヶ平自然体感の郷」へ。秘境と呼ぶにふさわしい山の奥地にあり、到着するまでの一本道は対向車が来たらすれ違いに困るほど道幅が狭く、「この先に本当にキャンプ場があるのだろうか?」と不安になるほど長い山道が続きます。そして苦労して到着した先は、見渡す限りの大自然! 遠くに望むのは雄大な栗ヶ岳や守門岳。深呼吸すると新鮮な空気を全身に感じられ、開放感で満たされます。

「僕は人工物のない野山の中でのキャンプが好きなんです。ここは最高ですね!」とゆうさんは心が弾んでいる様子。携帯電話の電波が届かない山奥は、極上の非日常空間です。

今回、ゆうさんが持参したテントは、三条発のアウトドアブランド「BUNDOK」製の「ソロティピー」。
「最初に購入したテントがこれ。リーズナブルなのに品質が良いし、ワンポールテントだから設置が簡単なんですよ」と話す通り、ほんの数分で手際よく設置が完了しました。

「新潟県の燕三条エリアはキャンプ用品メーカーが多いですよね。Snow PeakやBelmontなど、誰もが知っているメーカーばかりです。新潟製のギアはいろいろと持っていて、どれも質が良いと感じています」

05.焚き火とキャンプ飯で至福のひととき

日が沈んで辺りが暗くなってきました。そろそろ、焚き火の準備をしましょう。薪を割ったり削ったりするのは、もちろん五十嵐刃物工業製の鉈です。ゆうさんプロデュースのオリジナル鉈「益荒男鉈」を使用します。刃の重みだけでスッと薪を割ることができ、武骨な見た目そのもの頑丈で刃こぼれもなし。薪を細かく削るフェザースティックづくりもお手の物で、これ1本で万能に使えます。

そして、本日のキャンプ飯は、地元人も御用達の横田精肉店で購入した「下田産ポーク」のステーキです。使用する鉄フライパンは、三条で鍬を専門とする鍛冶屋・近藤製作所の製品。厚さ2.3mmで蓄熱性が高いので、素材の旨みを逃がさずカリッと焼き上がります。

豪快な薪火で豚肉を焼くと、辺りに香ばしい匂いが漂い、食欲をそそられます。味付けはシンプルに塩コショウで。両面にこんがり焼き目がついた豚肉をほおばれば、甘い脂が口の中で溶けてジューシーな肉汁があふれ、幸福感でいっぱいに。

夜が更けると周囲は静まり返り、外灯がないキャンプフィールドは暗闇に包まれます。空を見上げれば、煌めく満点の星。大自然に抱かれる贅沢さを存分に感じられます。

06.紅葉で彩られる伝説の池へ

鳥たちのさえずりで目を覚まし、ひんやりとした空気を感じる朝。軽く朝食を済ませ、片道30分のトレッキングに出かけましょう。吉ヶ平は南会津に続く峠道である「八十里越」のスタート地点。その道中にある、“大蛇の神様がいる伝説の池”と称される「雨生ヶ池(まおいがいけ)」をめざします。

周囲をブナの原生林におおわれた山道は、野鳥や動物たちの気配がそこかしこに感じられます。散歩と呼ぶにはやや長い距離を歩き、林を抜けると、突然見えてくるのが圧巻の光景です。まるで鏡のように、山々や空を鮮やかに映す水面は、思わず言葉を忘れるほどの美しさ。特に紅葉の時期は格別で、黄色やオレンジ色に染まったカエデが周囲を彩ります。

雨生ヶ池まで来たなら、もう少々足を伸ばして、隠れた名スポットへ行ってみましょう。道なき道を数分進むと見えてくるのは、半分が枯れた状態の不思議なブナの木です。孤独感のある佇まいで、神秘的な雰囲気と迫力を感じられます。大自然のなかで五感を研ぎ澄ます体験は、日常の喧騒を忘れさせてくれる豊かなひとときとなりました。

この記事を書いた人

ゆう(チキューギ.案内人)

新潟県湯沢町在住。「地球で遊ぶ!」をテーマに情報発信するキャンプ系ユーチューバー。 YouTubeチャンネル「チキューギ.」にて、全国各地のキャンプ場やギアの紹介、キャンパーとの交流の様子を発信。三条の刃物メーカーとコラボレーションした鉈など、オリジナルギアの商品開発も行う。オンラインショップ「地球遊技」でアイテムを販売中。

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